読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

62 マルク・シャガールが描いた愛と『聖書』

初出:b覚書,2013

f:id:madame-nn:20130904160242j:plain

Free Images - Pixabay

最終日(2013年12月8日)に出かけた「シャガール展」。

以下のような展示内容だった。

●油彩
エッフェル塔と新婚の二人」1928年
「恋人たちとマーガレットの花」1949 - 50年

●版画
「母性」全5点、1926年
アラビアンナイトからの4つの物語」全12点の内5点、1948年
バイブル 」全105点、1956年
「悪童物語」全10点、1958年
「ダフニスとクロエ」全42点、1961年
出エジプト記」全24点、1966年
「サーカス」全38点、1967年
「オデッセイ」全43点、1975年

 広告には「愛と幻想の色彩画家」とあった。わたしの中にあったシャガールはまさにそんなイメージだった。

広告に使われていた「エッフェル塔の二人」という1928年の大きな油絵などはそのイメージにぴったりで、実物はやはり美しかった。豊かな画風でありながら、案外すっきりしている印象を受けた。

エッフェル塔を背景に寄り添っている二人は、画家とその妻ベラである。十字に仕切られた窓の一角から入ってきているワンピース姿の天使は、その娘。窓の外に広がる赤い絨毯のような敷地には、エッフェル塔がある。

東欧系ユダヤ人であったマルク・シャガール(Marc Chagall,1887 - 1985)は、帝政ロシア領ヴィーツェプスク(現ベラルーシの都市)に生まれた。

ウィキペディア「マルク・シャガール*1には、次のようなことが書かれている。

1907年、当時の首都サンクトペテルブルクのニコライ・リョーリフが学長を務める美術学校に入るが、同校のアカデミックな教育に満足しなかったシャガールはやがて1909年にレオン・バクストのズヴァンツェヴァ美術学校で学ぶことになる。バクストは当時のロシア・バレエ団の衣装デザインなどを担当していた人物である。

ニコライ・リョーリフ(1874 - 1947)、英語風の読み方でニコラス・レーリッヒは、エッセー 60「憑依と、成仏した義祖父の後日談(お酒好きな人々への野暮な警告)」で書いたように、「武装戦争期間中の文化財産保護条約」の基となった「レーリヒ条約」を提唱した人物である。モリヤ大師はブラヴァツキーを指導したことで知られているが、レーリッヒ夫妻もモリヤ大師の指導下で、調和し、協力し合って多方面の活動を行った。

そのレーリッヒが学長を務めていた美術学校の校風がシャガールに合わなかったというが、求道的でヒマラヤの清浄な空気を想わせるレーリッヒの絵と、自由奔放でふわふわした、如何にも人間臭いシャガールの絵との作風の違いから、さもありなんと思わされる。

美術学校に入学した年、シャガールは二十歳、学長レーリッヒは33歳である。

シャガールは愛妻家で知られ、殊に最初の妻ベラは美貌と知性、そして霊感に満ちた女性ということで有名だ。シャガール関係の本は何冊か読んだので、何というタイトルの本で読んだか記憶が定かでないが、ベラは自身の死を予知していたという。

『〈愛蔵普及版〉現代世界美術全集 17 シャガール』(集英社、1971)に、ベラを描いた印象的なニ枚の絵がある。

一枚は「黒い手袋をはめた私のフィアンセ」(1909年、カンヴァス、油彩、88×94 バーゼル美術館蔵)というタイトルの絵。

やや横向きのベラは紫色のベレー帽を被り、ストレートヘア、襟のある長袖の白い服を着ていて、黒手袋をはめた両手を腰に当てている。若々しく、凜々しい表情で、女性だけれどもダンディだ。隙なく身を包んだ服装が、ちょっと武装しているようにも見せている。

ベラはベラ・ローゼンフェルトといい、裕福なユダヤ人宝石商の娘だった。

もう一枚は「緑衣のベラ」(1934~35年、カンヴァス、油彩、100×81 アムステルダム市立美術館蔵)というタイトルで、これは年月を経たベラだ。

細身のベラは黒色に近い暗い緑衣をまとっている。V字に深く切れ込んだ襟ぐりを白いレースの襟が飾り、襟を真ん中で留めるかのようにエメラルドグリーンのブローチが置かれている。「黒い手袋をはめた私のフィアンセ」のときの服装と比べると、シックでありながら無防備な印象で、画家である夫を信頼しきっているような上質のエロスをさえ感じさせる。

美しい大きな目は、やや右上方に向けられていて、自己の内側を見つめるかのような瞑想的な雰囲気を帯びている。成熟したこの絵のベラは知的深みを感じさせる、ひじょうに存在感のある中年女性となっている。

シャガールにとってかけがえのない伴侶であったベラはこの後、1944年9月、シャガールが57歳のときに感染症で急死する。夫妻はニューヨークにいて、8月にパリが解放されたところだった。ユダヤ人夫妻にとって困難の多かった第二次大戦の時代がやっと過ぎ去ろうとしていたというのに。

シャガールの描く作品のそこここに目の大きな、凜とした表情の人物が出現しているのを見ると、どうしてもベラを連想させられる。

シャガールは愛妻の死に打ちのめされたらしい。では哀悼のうちに一生を終えたかというと、そんなことはなく、その後、二人の女性と一緒になっている。

英国女性ヴァージニア(ヴァージニア・ハガード)と一緒になった時期があり、男児をもうけた。その関係の破綻後、ヴァヴァ(ヴァランティーヌ・ブロドスキー)と結婚。

シャガールは女性なしではいられない男性だったのだろう。何より画業にとって、女性は霊感の源泉だったようだ。

とにかくシャガールというと、そうした愛の歓びと喪失の哀しみを描く画家というイメージだったのだが、今回は版画が多く、それも旧約聖書の挿し絵が充実していたことが意外な嬉しさだった。

女性たちとの愛を描くとき、シャガールは開花するようにひろがり、また空高く飛ぶのが好きで、遠心的になるが、聖書を描くときは題材の人物やエピソードに迫るかのように求心的になる傾向があるようだ。

キリスト教的に形式化された旧約聖書と、ユダヤ人シャガールを通して知る旧約聖書とでは別物の感がある。

シャガール旧約聖書の絵は物語性が豊かなのだ。ギリシア神話と同じような描きかたで、厳然としたものを感じさせながらもユダヤ神話というムードがある。

イエスの死後しばらくして(?)生まれたユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』のうち、旧約時代篇がそうした印象を与える。シャガールはヨセフスのようなユダヤ人によって語り継がれる旧約聖書に馴染んでいたに違いないから、連想させられるのは当然だろう。

版画作品でモノクロなのだが、人間も動物も素朴でありながら生き物としての厚みがあって尊厳を感じさせ、きりっとした表情である。

以下は、美術展でメモしたシャガールの言葉。

私にとって『聖書』を描くという行為は純粋に詩的なものを描き出すという点で、花束を描く行為とそう違っているわけではない。

また解説にはこうあった。

ここで紹介する『聖書』は旧約聖書の物語集。ユダヤ人の家庭に生まれたシャガールにとって、最も身近であり重要なテーマのひとつです。〔略〕モーセに導かれたユダヤ人のエジプト脱出の物語は、第二次大戦中のユダヤ民族大虐殺を逃れるため、アメリカに亡命したシャガールの心を捉えたテーマです。

これは余談だが、バッグから手帳とボールペンを取り出してメモをとろうとすると、係の人が飛んできて鉛筆を渡し、「ここでは鉛筆しか使えないことになっています。どうぞ、それをずっとお持ちください」といわれた。

美術展には何度となく行き、その度にメモをとってきたが、こういわれたのは初めてだった。鉛筆以外だと、落書きされたときに大変だからだろうか。念のために紙は自前のものでよいか尋ねると、それは構わないとのことだった。

ところで、わたしは昔からキリスト教における旧約聖書新約聖書の関係を怪訝に思ってきた。

旧約聖書中最も威光を放つ人物はモーセだろう。そのモーセは紀元前13世紀頃の人とされる。モーセイスラエルの民を率いてエジプトを脱出した。第19王朝(紀元前1293年頃 - 紀元前1185年頃)のラムセス2世の時代だったと考えられている。そのころ中国は殷の時代である。

何が語られようと神話の域でしか考えられない、こうした古い時代の物語がまるでイエスの時代のつい昨日であったかのように語られる異様さに、わたしは違和感があるのだ。

イエスが亡くなったのは30年頃とされる。同じ頃に生まれた前掲のユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフス(37年 - 100年頃)の著書は、現代的といってもいいくらいの筆致である。何しろモーセを描くのに、スピーチの手法を採り入れるくらいなのだから。

その頃、中国ではイエスの死を挟むように前漢から後漢の時代となった。漢のころのイエスの時代はもう神話の時代と考えるには新しすぎるのだが、キリスト教では歴史が神話に、神話が歴史になっているような倒錯がある。 

話を「シャガール展」に戻すと、サーカスをテーマとしたものもよかった。以下は再び、美術展でメモしたシャガールの言葉である。

私には道化もアクロバットの役者も、みんな悲劇的なまでに人間らしい存在だと思われた。どこかで見た宗教画の中の人物によく似ているような気がした。

愛の性質も宗教観も個人の資質が大きく物をいうとはいえ、シャガールの場合、それらは当然ながらユダヤ教のふところから溢れ出たものといえるだろう。その愛も宗教観もキリスト教とはやはりどことなく異質なもので、純朴さが特徴的である。

それに比べると、キリスト教のそうしたものは如何にすばらしくとも、どこか作為的な、作り物めいた感じをわたしはどうしても受けてしまうのだ。 

 

マダムNの覚書、2013年12月12日 (木) 15:03