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マダムNの神秘主義的エッセー

神秘主義的なエッセーをセレクトしました。

67 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③タブッキの円熟とフェルナンド・ペソアの青い果実

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ポルトガル

Free Images - Pixabay

 

アントニオ・タブッキ(和田忠彦訳)『夢のなかの夢』(岩波書店岩波文庫〉、2013)の中で、タブッキは20人の芸術家に眠りを与え、彼らの代わりに夢を描いてやっている。シュールな夢の特徴をよく捉えているタブッキは、夢の研究家でもあるに違いない。

最初にギリシア神話に出てくるダイダロスを配置し、締め括りに精神分析学者フロイトを置いている。

フロイトに与えた夢は痛烈な内容で、まさに悪夢なのだが、それを死の前日の夢に設定している。そして、「とその瞬間、目が覚めた。それはかれの最後の夜だったが、かれには知るよしもなかった」*1と締め括る。タブッキのフロイト批判が嫌でも伝わってくる断章である。

否、批判というには適さないさりげなさがある。精神分析学者フロイトの学説の本質を夢に変え、それをそっくり本人に贈っただけというような……。

作品には、詩人、画家、作家、音楽家などが出てくるが、タブッキの凄さは、彼らの諸作品を徹底して読み込んでいるだけでなく、伝記類も丹念に調べ尽くしているに違いないと思わせられるところだ。

だからだろう。夢を読んでいくうちに、こちらもよく知っている芸術家の場合には、写真や肖像画として残されたその顔が、自然に浮かんでくる。彼らの人生と作品の味わいを余すところなく織り込み、よく散りばめたものだと感心してしまった。

芸術家が美に堪能し、天に憧れ、思索し、深刻に悩み、罪を犯したりしたことごとくを統べる神の代理人のようなタブッキ。どんな状況、状態で芸術家が夢から覚めるのか、覚めないままなのか。珠玉のような各掌編――、最後の掌編まで目が離せなかった。

そう、目が離せないと書いてしまうほどに、この作品は映像的なのだ。夢がそうであるように。そして、どの一編も夢の軽やかさ、心地よさを持っている。

作品に登場する芸術家は以下の人々である。

ダイダロスオウィディウスアプレイウス、チェッコ・アンジョリエーリ、ヴィヨン、ラブレー、カラヴァッジョ、ゴヤ、コウルリッジ、ジャコモ・レオパルディ、コッローディ、スティーヴンソン、ランボーチェーホフドビュッシーロートレックフェルナンド・ペソアマヤコフスキーロルカフロイト

アントニオ・タブッキフェルナンド・ペソア最後の三日間』(和田忠彦訳、青土社、1997)では、実在した詩人ペソアの最後の三日間がモチーフとなっている。ペソアの作品要素を巧みに採り入れた、ペソア解釈ともなっているようだ。とすると、『夢のなかの夢』と似た構成である。

わたしが読みながら驚いたのは、この作品が純度の高い神智学的作品だということである。ごく普通の幻想小説としても読めるところが――一般人ならそのような読みかたをするだろうし、勿論それはそれで構わないのだろう――この作品の優れたところだと思う。

どこが神智学的かというと、本をちょっと開いてみただけでも目につく――というより全部だ。

神秘主義は単なる知識ではなく、思想を呼吸することなのだ。神智学では普遍的最高魂と全ての魂の基本的同一性について繰り返し説かれるが、タブッキの作品の全体からも細部からも神智学が薫るのである。

フェルナンド・ペソア最後の三日間』から神智学色の濃い文章を以下に引用しておこう。

アントニオ・モーラは狂人、少なくとも公には狂人です。しかし頭脳明晰な狂人で、異教とキリスト教について多くの考察をしました。
〔……〕
わたしに多くのことを語りました。まず初めに、神々が戻ってくるだろうということ、なぜなら唯一の魂、唯一の神といういうこの物語は歴史の周期の中で終わりかけているかりそめのものだから、と話しました。そして神々が戻ってくるとき、われわれは魂のこの唯一性を失い、われわれの魂は自然の望むままに再び複数になるだろうと。*2

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わたしたちが人生と名付けているイメージのこの舞台を後にする時間です。わたしが心の眼鏡を通して見たことをあなたに分かってもらえたなら。
〔……〕
そして、わたしは男、女、老人、少女でした、西洋のいくつもの首都の大通りの群衆であり、わたしたちがその落ち着きと思慮深さをうらやむ東洋の平静なブッダでした。わたしは自分自身であり、また他人、わたしがなり得たすべての他人でした。*3

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わたしの人生を生きるということは、千もの人生を生きることでした。わたしは疲れています。わたしのろうそくは尽き果てました。お願いします、わたしの眼鏡をとってください。*4

「わたしの眼鏡をとってください」から作品は終曲に入り、この終曲がまた圧巻。古代アレクサンドリアの神智学派(フィラレーテイアン派)の香気さえ漂う……。

アントニオ・モーラはチュニックを正した。かれの中ではプロメテウスが急き立てていた。ああ、と叫んだ。神なる天空よ、軽快な疾風よ、河川の源よ、海の波頭の数知れぬ微笑みよ、大地よ、宇宙の母よ、あなたがたをわれは呼び出そう、そしてすべてを見ている太陽球よ、われが耐えているものをご覧あれ。
 ペソアはため息をついた。アントニオ・モーラはナイトテーブルから眼鏡をとってかれの顔にのせてやった。ペソアは目を見開き、その手はシーツの上で動きを止めた。ちょうど二十時三十分だった。*5

「わたしの眼鏡をとってください」という言葉は、アントニオ・タブッキ須賀敦子訳)『インド夜想曲』(白水社、1993)での神智学協会の会長と主人公の談話で、主人公がペソアの臨終の言葉として紹介している。

「臨終の言葉をご存知ですか」
「いや、どういうのですか」彼は訊いた。
「『そこにある眼鏡をとってくれ』です。ひどい近眼だったので、あの世に眼鏡をかけて行こうとしたのです」*6

また、タブッキが生まれる8年前に亡くなったフェルナンド・ペソアを希求した旅物語アントニオ・タブッキ鈴木昭裕訳)『レクイエム』(白水社、1999)と、その関連作アントニオ・タブッキ(和田忠彦訳)『イザベルに ある曼荼羅』(河出書房新社、2015)を読むと、タブッキには夢の世界がある意味であの世であるということがわかっていたのだと思わせられる。

『レクイエム』でタブッキはこう書く。

「グラスを持ち上げながらタデウシュが言った。きみはちゃんと魂を持っているからな、弱虫坊や。ぼくにあるのは肉体だけ、それもじきに消えちまう。魂ならもうぼくだって持ち合わせちゃいない、わたしは言った。いまあるのは無意識だよ。無意識のウイルスにぼくは感染したんだ。そのおかげでこうしてきみの家にいる」*7

一般の読者はここを読み流すかもしれないが、神智学でいう生命と宇宙の七本質、七つほどに分類できる複雑な夢の性質、また様々な死後の状態……といった知識に通じていなければ、おそらくこのようには書けない。

タデウシュはこの『レクイエム』という作品では、物質界とデヴァチャン(天国、極楽)の間にあるカーマ・ローカ(ハデス、黄泉)に残されたカーマ・ルーパ(魂殻)として描かれていると推測できる。そして、そのことを真に自覚しているのは勿論、そのカーマ・ルーパではなく、作者タブッキである。

カーマ・ルーパにすぎなかったタデウシュは『イザベルに ある曼荼羅』では、既にリスボンの墓地に埋葬された死者でありながら、主体性を持った語り手として描かれている。

ポルトガルサラザール独裁政権下で非合法の闘争に身を投じて行方不明となったまま、新聞に訃報のお知らせが掲載されたイザベル。

タデウシュはそのイザベルの死の真相を知ろうとしてこの世へやってくる、あの世からの旅行者である。

あの世からの旅行者といっても、タデウシュには超越的な保護者(謎のヴァイオリニスト)がいて初めて、このような探索の旅が可能になったのだと最終章で読者に明かされる。わたしは、このヴァイオリニストを大師の弟子とでも呼びたいところだ。ヴァイオリニストが次のようなことをいうからである。

あなたの同心円を指揮しているのはわたしです。なんなら、あなたの行き先である駅をと言ってもいいですけれど。わたしも、そのために送り込まれたのですから。*8

イザベルも登場するが、この作品のイザベルは茫洋とした描かれ方で、カーマ・ローカで崩壊を待つだけの以前の人格我の影、すなわちカーマ・ルーパっぽい。

タデウシュ、ヴァイオリニスト、イザベルは全員が夢幻的な雰囲気を纏っているのだけれど、各々役割が異なっており、著者によって厳密に書き分けがなされている。

一般の読者には気ままに書かれているように見せながら、タブッキの芸は細かいのである。

だから、普通の作家の書く夢物語がよくできた空想物語にすぎず、映像的な満足感や断片的な感動などがあっても、概ね散漫な印象と膨満感をもたらしがちなのに比べ、タブッキの作風は軽やかでありながら統一感があり、内容は深みを湛えているのだ。

『イザベルに ある曼荼羅』は、章題からして神秘主義者には魅力的である。「第一円 モニカ リスボン 想起」と始まって、これが第九円まである。

ウィキペディア「国教」に「イタリアは1985年までカトリックが国教であったが、コンコルダート(政教条約)方式となった」*9とある。『インド夜想曲』は1984年に発表されているから、その時点ではイタリアはまだカトリックを国教としていたということだ。

『レクイエム』の発表は1992年。『イザベルに ある曼荼羅』には、作品に寄せられたタブッキの伴侶マリア・ジョゼ・デ・ランカストレカルロ・フェルトリネッリの「『イザベルに ある曼荼羅』への註」があり、以下のようなエピソードが紹介されている。

この書物についてアントニオ・タブッキの〈出版許可〉は存在しない。それゆえ作家の作品としては歿後に出版される未刊の遺作第一号ということになる。(……)作品全体は一九九六年、ヴェッキアーノで口述された。(……)ほかの作品の執筆に取り掛かっているうちに、方向もいろいろ変わっていった。旅を重ね、国境を越えていくなかで、この作品をある親友の女性に預けることにしたのだ。ようやく預けた作品を、読み直したいから返してほしいと言ったときには、おそらく出版する意志が固まっていたのだろう。だが、それは二〇一一年のことだった。そしてその秋には病を得ていた。*10

曼荼羅を知らない日本人は少ないと思うが、1996年当時、イタリアで曼荼羅はポピュラーなものだったのだろうか?

フィレンツェの書店主さんとメール交換している娘によると、書店主さんは邦訳版の源氏物語をお読みになるくらいの読書家なのだが、タブッキはお読みになったことがないという。自国の作家ではルイージピランデッロ、ディーノ・ブッツァーティイタロ・カルヴィーノがお好きだそうだ。

オンライン論文として閲覧した田近肇「イタリアにおける国家とカトリック教会」*11によると、イタリアでは国教制廃止後も「憲法裁判所のいう国家の非宗教性原理にかかわらず、カトリック教会は、わが国の研究者の目には、『特権』を享受しているように 映るのである」とあるから、イタリアのお国柄をわが日本と同じように考えるわけにはいかないのだろう。

イタリアにおける神智学などの神秘主義、また神智学協会の社会的地位は如何ほどのものなのだろうか。左派に誹謗中傷されて、名誉を棄損され続けているわが国の場合より、もしかしたらましなのだろうか。

エッセー 55 「ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ⑥20世紀前半のイタリアで」で、Marco Pasi、Joscelyn Godwin英訳、Theosophy and Anthroposophy in Italy during the First Half of the Twentieth Century (20世紀前半のイタリアにおける神智学とアントロポゾフィー)というタイトルの論文に触れた。次に引用する。

論文は神智学の前史時代から説き起こされていて、ああそうだった、イタリアはルネサンスを興した国だった――と再認識させられた。論文の結論ではアントニオ・タブッキの小説「インド夜想曲」が採り上げられている。

戦後もイタリア国内では神智学・アントロポゾフィー人智学)運動はいろいろな形で連続して存在しており、それは今日まで続いているそうだが、20世紀の最初の30年のような社会と文化への顕著な影響力を継続させることはできなかったという。

しかし、『インド夜想曲』の中の、アディヤールの神智学協会国際本部で語り手が会長と会話する章のあいまいで魅惑的な雰囲気こそが、神智学協会・アントロポゾフィーの運動がイタリアで花開いた20世紀の最初の30年にどれくらい浸透したかを物語っていると述べられている。

キリスト教作家とはよくいわれるが、神智学作家とはあまり聞かない。わたしが初めて使っているのかもしれない。わたしにはタブッキは神智学作家に思える。

神秘主義の世界に布教されて入ることなどまずありえず、思い出すようにして、なつかしさから入ってしまうほかないが、その神秘主義の原理、言葉、イメージを、タブッキは万華鏡のように作品に散りばめている。文学的観点から見ても、神秘主義的観点から見ても、それは円熟の技と感じさせる。

『イザベルに ある曼荼羅』では、当然ながら時間の流れ方が普通ではない。

意図的に時間的な錯綜を背景にした小説はいくらでもあるが、タブッキの芸は如何にも周到で、少しも不自然さを感じさせない。作品には、神秘主義者にはお馴染みの時間の概念がヴァイオリニストの言葉として効果的に挿入されている。その部分を次に引用する。

遠い過去ねえ、と男が言った。近い過去、現在、未来、申し訳ないが、時制なるものに疎くてね。時間がわからないので、わたしにとっては全部一緒なのです。*12

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)では、現在、過去、未来について、次のように解説されている。

現在、過去、未来の三つの期間は秘教哲学では複合時間(Compound time)である。現象界に関してだけこの三つは合成数であり、本体の領域では抽象的妥当性はない。聖典に言われているように、“過去は現在であり未来でもある。未来はまだ現れてはいないが、やはりある”。それはマードヤミカのプラーサンギカ派の教えの諺によるのだが、それが純粋に秘教的な学派から離れて以来、その教義が知られてきた。簡単に言えば、継続と時間に関する概念はすべて連想の法則に従って、私達の感覚から出てくるものである。その概念とは人間の知識の相対性でがんじがらめに縛られているが、それにもかかわらず、個人や自我の経験の中でなければ存在しないし、自我の進化が現象的存在というマーヤーを追い払う時、消滅するのである。*13

タブッキがペソアに強く惹きつけられたのは、心情的によくわかる。ペソア神秘主義者ではない。ペソア神秘主義的な知識を沢山集めたのだろうが、形而上学者だと思う。

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Fernando Pessoa 1914?
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神秘主義者は形而上学者に惹かれる傾向があるのかもしれない。

偶然にも、わたしには「詩人」と呼んだ女友達がかつていて、追悼短編小説まで書いたのだが、彼女は形而上学者だった(当人にその自覚はなかっただろう)。

ウィキペディア曼荼羅」によると、曼荼羅サンスクリット語の言葉を漢字によって音訳したもので、マンダラには丸いという意味があり、円には完全・円満などの意味があることから、これが語源だろうという。*14
神秘主義は丸く、形而上学は直線だから、違いは一目瞭然なのだ。

違いがわかっていても(わかっているからこそというべきか)、何しろこちらは丸いので、包容せずにいられないというわけである。

W・Q・ジャッジ『オカルティズム対話集』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成8年)に次のような問答がある。

学徒 オカルティズムとは何ですか?
師匠 卵の形で宇宙を現そうとする知識の分野です。*15

フェルナンド・ペソア澤田直訳)『新編 不穏の書、断章』(平凡社平凡社ライブラリー〉、2013)は神秘主義者の瞑想的断章という趣ではなく、形而上学的思索の断章で編まれた本という印象で、わたしには難しいところがある。

しばしば著者の思考を追っていけず、取り残される。わたしの読解力のなさが原因の一つではあろうが、これがペソアの試行錯誤の書でもあるからだと思う。

タブッキに覚えたのと同じ親しみを期待して、ペソアの本を繙いた。ところが、ペソアの本は見知らぬ思索者の本として存在していたのだった。

系統の違いをはっきりと感じ、改めてアントニオ・タブッキが神智学という思想、思考法と如何に関係の深い人であるかがわかった気がした。タブッキが神智学協会の会員だったことがあったのかどうかは知らないが、彼の諸作品は神智学の芳香を放っている。

エッセー 66 で見たように、タブッキは『インド夜想曲』で、語り手である主人公に、ペソアグノーシス神秘主義者と公言していた薔薇十字だったといわせている。

『インド夜想曲』は小説だが、著者タブッキはペソア研究の第一人者だったそうだから、「僕」の言葉はタブッキのペソア研究から出たものだろう。

わたしは薔薇十字については詳しくないので、ペソアの作品が薔薇十字的かどうかはわからない。いずれにせよ、そこに漂う薫りは少なくとも神智学の薫りではない。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1987初版、1995改版)の「訳者前書き」から神智学の特徴を引用する。

エジプトの最後の大聖者アンモニオス・サッカスが「テオソフィア」と言われた教えを三世紀に伝えて以来、自分の思想を「神智学」と呼んだ西洋の哲学者と神秘家は何人もいました。新プラトン派の開祖プロティノスからヤコブ・ベーメに至るまで、教えの内容と表現が極めて多様ではあるが、汎神論、アレゴリー的な解釈法、異質の教えを調停融和する折衷主義、そして何よりもまず、直接の体験によって真理を知ろうとする神秘主義という点において、すべて同じ神智学の流れに属しています。

ペソアの作品からは、「汎神論、アレゴリー的な解釈法、異質の教えを調停融和する折衷主義、直接の体験によって真理を知ろうとする神秘主義」といった神智学の特徴が見い出せないのである。

ペソアは独創的な思索の人である。ペソアはひじょうに真摯な、形而上学的思索者というほうがぴったりくる気がする。

グノーシスの定義は難しいようだが、グノーシス主義の特徴は二元論だといわれる。ペソアは二元論的ではある。が、神秘主義者といわれても、わたしにはどこがそうなのかがわからない。

ペソアの作品にウマル・ハイヤームの詩が引用されているせいで、連想が働くのだろうか――ペソアには、イスラム思想の影響がある気がする。

わたしは大学時代、ハイヤームに惹かれた時期があった。そして、それ以上に、ペルシャ神秘主義詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミー(1207 - 1273)の『ルーミー語録』を読んだとき、イスラム神秘主義スーフィズム)の高級感ある世界に驚嘆した。

だが、ペソアは、ルーミーの洗練の極みのような陶酔の境地からも、ハイヤームの虚無的完成度からも遠く、近代的な、そして過渡的な青臭さがあって、陶酔しかけては用心して覚め、虚無に徹するには躊躇があるといった風ではないだろうか。

タブッキが描いたようなペソア像は、ペソア本人とはちょっと違うという気がする。タブッキのペソア像は、すこやかに神秘主義を呼吸していたタブッキ自身の投影、ヴァリエーションとしか思えない。

『新編 不穏の書、断章』には印象的な断章が多く存在する。わたし好みの――引っかかる部分も含まれるのだが――独特の禁欲的な美しさを帯びた断章を以下に紹介しておきたい。

私たちひとりひとりが小さな社会なのだ。少なくともこの地区の生活を優雅で卓越したものにしなければならないし、われらの感覚の祝祭を抑制し、われらの思考の祝祭を簡素で礼儀正しいものとしなければならない。周囲では、別の魂たちが、貧しく汚い地区を建設することもあるだろう。どこからがわれらの地区なのか、その境界をはっきりと標し、われらが高い建物の外壁から、遠慮深い秘密の部屋まで、すべてが高貴で、静謐であり、簡素に彫刻をほどこされ、すべてが物静かで、目立たないようにしよう。こうして、愛は、愛の夢の影となり、青白く、月に照らされた二つのさざ波の、波頭のあいだのさざめきのようになる。欲望は無用で攻撃性のない、魂が自分とだけ交わす優しい笑顔のようにしよう。そして、魂はけっして実現を夢見ることも、自分に言って聞かせることもないようにする。捕らえた蛇のように憎悪を眠らせ、恐怖には、視線の奥底、われらの魂のなかの視線の苦悩以外の表現を控えるようにさせること。これこそ唯一、美学に反さない態度だ。*16

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私は、肘をついてぼんやりと座っていた机から立ち上がる。私はこれらの不揃いな印象を自分に語って楽しんだ。私は身を起こし、窓のところへ行く。窓からは屋根が見え、沈黙がゆっくりと始まるなかで、眠りにつく街が見える。月は大きくて、ほんとうに真っ白で、家並みの微妙な違いに悲しく光を当てている。そして、月の光は、その氷のような白さで、世界の神秘全体を照らしているかのようだ。それはすべてを示しているように見える。だが、すべては偽の光と、まやかしの間隔(インターヴァル)と、不合理な高低差と、目に見えるものの不整合性からなる影にすぎない。風ひとつなく、神秘が増したように思われる。私は抽象的な思考に嘔吐感を覚える。私自身の啓示であり、なにかの啓示であるような文を、私はけっして書くことはないだろう。薄い雲が月の上を、隠れ家のように、ぼんやりと漂っている。私は、これらの屋根と同様、なにも知らない。私は、自然全体と同じように、座礁してしまったのだ。*17

*1:タブッキ,和田訳,2013,p.121

*2:タブッキ,和田訳,1997,pp.60-61

*3:タブッキ,和田訳,1997,p.87

*4:タブッキ,和田訳,1997,p.88

*5:タブッキ,和田訳,1997,pp.88-89

*6:タブッキ,須賀訳,1993,p.77

*7:タブッキ,鈴木訳,1999,p.41

*8:タブッキ,和田訳,2015,p.170

*9:ウィキペディアの執筆者. “国教”. ウィキペディア日本語版. 2017-03-25. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9B%BD%E6%95%99&oldid=63490879, (参照 2017-03-25).

*10:タブッキ,和田訳,2015,「『イザベルに ある曼荼羅』への註」pp.177-178

*11:『宗教法』、第50回 宗教法学会(2005年6月13日(土)愛知学院大学)、2006)<http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000038609-00>(2017/4/30アクセス)

*12:タブッキ,和田訳,2015,pp.169-170

*13:ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1988,pp.249-250

*14:曼荼羅 - Wikipedia

*15:ジャッジ,田中&クラーク訳,pp.44-45

*16:ペソア,澤田訳,2013,p.249

*17:ペソア,澤田訳,2013,pp.308-309