マダムNの神秘主義的エッセー

神秘主義的なエッセーをセレクトしました。

96 ジェイムズ・ジョイス (1)『ユリシーズ』に描かれた、ブラヴァツキー夫人を含む神智学関係者5名

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Peter KerteszによるPixabayからの画像

 1922 年に出版されたジェイムズ・ジョイスユリシーズ』は、マルセル・プルースト(ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルースト Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871 - 1922)の『失われた時を求めて』と並んで、20世紀を代表する世界文学の金字塔といわれている。

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チューリッヒでのジョイス(1918年頃)
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

 

ジェイムズ・ジョイスユリシーズ』を読むことになったきっかけ

ジェイムズ・オーガスティン・アロイジアス・ジョイス(James Augustine Aloysius Joyce,1882 - 1941)は、アイルランド出身の小説家で、前掲『ユリシーズ』と、その前編にあたる半自伝的小説『若い芸術家の肖像』が有名である。

わたしは急遽、長編『ユリシーズ』を読むことになったのだが、それはメアリー・ポピンズの物語で知られているトラヴァース(パメラ・リンドン・トラヴァース Pamela Lyndon Travers,P.L.Travers,1899 - 1996)を調べていたことからだった。

 H・P・ブラヴァツキー(ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー Helena Petrovna Blavatsky,1831 – 1891)の神智学の影響をトラヴァースが受けた時期があったと知り、作品への影響を調べていた。トラヴァースが影響を受け、恋したジョージ・ウィリアム・ラッセルについても調べていたら、ラッセルつながりでジェイムズ・ジョイスが出てきたわけだった。

ラッセル(ジョージ・ウィリアム・ラッセル George William Russell, 1867 - 1935)は、AE という筆名で知られ、イェーツ(ウィリアム・バトラー・イェイツ William Butler Yeats, 1865 - 1939)らと共に、アイルランド文芸復興運動の指導的役割を果たした人物である。ラッセルは詩人、画家、評論家、ジャーナリスト、若手作家の庇護者でもあった。

トラヴァース、ラッセルとのつながりから、短編小説の名手であったキャサリンマンスフィールド(Katherine Mansfield, 1888 - 1923)の文学上の恩師オレイジ(アルフレッド・リチャード・オイレジ Alfred Richard Orage,1873 - 1934)やらも出てきた。

そうなると当然ながら、ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf, 1882 - 1941)がその一員であったブルームズベリー・グループも出てくる(エッセー44ヴァージニア・ウルフの知性美と唯物主義的極点」参照)。
そして、マンスフィールド関連と、ラッセル亡き後のトラヴァースつながりでグルジェフ(ジョージ・イワノヴィッチ・グルジェフ George Ivanovich Gurdjieff,1866 - 1949)が出てきた。グルジェフマンスフィールドを導いたのは、かつての師オレイジだったという。*1

わたしはグルジェフの名は知っていたものの、どんな人物なのか知らなかったので、今回調べたことからちょっと触れておくと、グルジェフは「ワーク」と名づけた実存的、神秘主義的、芸術的メソッドの提唱者だった。

パリ近郊のフォンテーヌブローにあった学院で共同体を形成し、肉体労働、音楽、舞踏、講義に加え、磁気療法、呼吸法、ある種の民間療法なども取り入れていた。結核の末期にあったマンスフィールドはここへ駆け込んだ。

グルジェフマンスフィールドに対する姿勢は次のようなものだった。

グルジェフは、ある個人の寿命を延ばすことが人類に対するその人間の義務と呼応しているとは考えていなかったし、またそう考えることもできなかったが、彼はキャサリンに深い思いやりを示したのである。*2

マンスフィールドは回復して学院を去る希望を失わなず、一方ではワークに大きな関心を示しつつ、亡くなった。*3

さらには、神智学とグルジェフを批判したルネ・ゲノン(René Jean Marie Joseph Guénon, 1886 - 1951)まで芋蔓式に出てきた。

ルネ・ゲノンが出てきたとなると、ルネ・ドーマル(René Daumal, 1908 - 1944)や、哲学者シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil, 1909 - 1943)といった人々も出てくるわけである。*4

相関図を作成するつもりはないので、いい加減、メアリー・ポピンズに戻らなくては……と思いながらも、わたしは変にジョイスが気になったのである。

モダニズム作家であったジョイス

有名な作家ということで、昔から何度となく読もうとしてきたけれど、落ち着きのない作品に思えて、読めなかった。

今回、ジェイムズ・ジョイスユリシーズ』を読んでみて、彼の作品は難解なのではなく(ブラヴァツキー夫人の著作は難解)、いい加減なので、ちゃんと読めないだけなのだと改めてわかった。

最近の本好きの読書傾向として、「謎解き」をお楽しみにしたいという目的があるようだ。純文学小説まで、謎解きゲームのように読んでしまう……

だから、ジョイスのようなわかりにくい作品は案外好まれるのではないだろうか。

ユリシーズでは、あちこちの思想書、文芸書から盗ってきた断章ががらくた市のように並べられている。村上春樹も同じようなことをする。ジョイスのような名人芸ではないが。

ジョイスプルーストによる世界文学の金字塔といわれる 2 作品が現れてから、純文学の崩壊が始まったようでもある。

ジョイスプルーストの 二人は共に、モダニズム作家である。

20世紀前半、各分野で反伝統主義的な前衛運動が起きた。こうした運動をモダニズムという。文学もその中にあって、ジョイスプルーストの他に、エリオット、ヴァージニア・ウルフエズラ・パウンド、イェイツ、ポール・ヴァレリーアンドレ・ジッドといったモダニズム作家・詩人を生んだ。

モダニズムの反伝統主義は、人類の歴史及び知的遺産を葬り去ろうとするマルクシズムと相性のよい面がある。第二次大戦後の世界は、彼らによって形成された世界といってよい。モダニズムの後に現れたポストモダンが、いよいよ世界を価値の多様化へ、混沌へと導いた。

ユリシーズの構成と内容

ユリシーズは 18 章(挿話)で構成されている。実験的な作品であるためか、とても読みにくい。場面の切り貼りから成っているような小説で、ストーリー性には極めて乏しい。登場人物の行動も整合性を欠く。妄想小説といってよいような作品である。

それでいながら、ユリシーズホメロスの『オデュッセイア』に対応した作りになっているという。

ジェイムズ・ジョイス丸谷才一&永川玲二&高松雄一訳)『ユリシーズ Ⅲ』(集英社、1997)巻末の解説の一つ、結城英雄「『ユリシーズ』について」の冒頭で、ユリシーズがどんな作品であるかが端的に述べられている。

ユリシーズ』は 1904年6月16日のダブリンの一日をこと細かに綴った小説である。(略)主要登場人物は、文学青年のスティーヴン 22 歳と、新聞社の広告取りでユダヤ人の血をひくブルーム 38 歳と、歌手であるその妻モリー 33 歳の 3 人である。
 スティーヴンはマーテルローで目覚め、私立学校で給料をもらい、浜辺で夢想し、新聞社に立ち寄ってから酒場へ行く。図書館でシェイクスピア論を披露した後、酒場で、さらに産婦人科病院でと飲み続け、売春宿にくりだし、幻覚に襲われた挙句にシャンデリアを壊し、ついにはイギリス兵と言い争って殴り倒される。ブルームの方は、朝食のあと便所に行き、ひそかに文通している女の手紙に興奮し、友の埋葬に立ち会う。街にもどって広告のアイデアを考え、妻のために猥本を探し、ホテルで食事をとり、ナショナリストと口論し、浜辺で若い娘の下着に欲情し、ついで知人を産婦人科病院に見舞ってスティーヴンに会う。そして息子に対するような愛情から彼の後を追い、深夜家に連れて帰る。モリーはといえば、この長い夏の日を一日中家にいて、愛人と性交渉をもち、夢うつつのままに、夫と愛人を天秤にかけ、興味深い秘めごとを語ってくれることになる。*5

ブラヴァツキー夫人の神智学が茶化され、歪められて……

驚いたことにユリシーズには、神智学に関わりのある事柄が茶化され、歪められて散りばめられているのであるが、それら全て、突っ込んだ内容のものでは全くない。神智学についてそうなら、他のことについてもそうかもしれないという疑念が湧く。

問題なのは、白紙であった読者の知識の領域が、これらの改変された情報で上書きされてしまう危険性である。ブラヴァツキー夫人の神智学を知らなかった人がユリシーズを読んだことで、先入観に囚われる可能性は大いにある。

ユリシーズオデュッセイアを下敷きにしていることを考えれば、ジェイムズ・ジョイスブラヴァツキー夫人を必要とした理由もわかる。

おどろおどろしい雰囲気を出したかったからに違いない。神話っぽい、冥界っぽい、魔境っぽい……本当のところ、ユリシーズオデュッセイアとは似ても似つかない。

そして、難解な哲学など、ジョイスには必要なかった。真理の追究や神聖なインスピレーションとの一体感など、求めてはいなかった。作品はそう告白している。

思想書や文芸書から、作品作りに役立つ断章を気ままに拾いたかっただけなのだ。でも、それはピラミッドから宝物を盗むのと同じ泥棒行為にあたるだけでなく、思想や文学の流れに悪影響を及ぼす。改変されていたとしたら、悪影響はとどまるところをしらない。

ただ、実際につきあいのあった人々の言葉を割合忠実に映している部分もあるのではないかと思われる。冴えていると感じられる言葉は、そうした写実的なものではないかと推察している。

ジョイスには真理も真実も必要なかった

ジェイムズ・ジョイス丸谷才一&永川玲二&高松雄一訳)『ユリシーズ Ⅰ』(集英社、1996)から、ジョイスが真理も真実も求めていなかったことがわかる文章を挙げよう。

ドーソン会館の降霊術用びっくり箱。《覆いを取ったイシス》。ぼくたちはやつらのパーリ語聖典を質に入れようとしたっけ。*6

その脚注には、次のように書かれている。

337 ドーソン会館 ドーソン通りの貸し事務所。毎週木曜日にラッセルを中心にした集会がこのなかで行われていた。

337 降霊術用びっくり箱 yogibogeybox ジョイスの造語。「ヨガ」yoga と「お化け」bogey をつなげた。「降霊術師の用いる道具一式」くらいの意味。ゴーガティ(マリガンのモデル)は「ボックス」を集会所の意味で使っていたという。

337覆いをとったイシス》 ブラヴァツキー夫人の著書(1876)の題名。

338 やつらのパーリ語聖典 パーリ語小乗仏教の原典に用いた言葉。前記ブラヴァツキー夫人の著書を茶化して言うのか。実生活でも、ジョイスとゴガーティは神智学協会の集会所に忍び入っていたずらしたことがある(エルマン)。

「降霊術用びっくり箱」という造語から、ラッセルたちがヨガとお化けに関係が深く、降霊術を行っていたかのような先入観を与えかねないが、後述するように、ジョイスブラヴァツキー夫人の神智学に魅了されたラッセル、イェイツを含むダブリンの文学者をからかう造語を他にも作っているのである。

神智学徒は心霊主義者ではない。降霊術などと結びつけられることを彼らが嫌ったからこそ、からかいのネタにされたのだろう。降霊術の集まりをすることがなぜ危険かは、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)を参照されたい。

ブラヴァツキー夫人の著書を茶化すのなら、どのような内容なのか書かれていてもおかしくない。それが、書かれていないのだ。だからこそ、罪深い。どれもこれも、こんな風なのである。

しかし、本当に忍び入っていたずらしたのだとしたら、オツムの程度が知れるレベルである。

そのいたずらが、神智学協会の所有物を盗って質に入れたことだとしたら、それは窃盗罪だ。わたしはジョイスの創作の仕方が窃盗してがらくた市に出すようなやりかただと前述したが、素行にも問題があったのだろうか。

後世のわたしたちは、ブラヴァツキー夫人を誹謗中傷した人々があたかもまともな人々であったかのように錯覚している可能性がある。

覆いをとったイシス( Isis Unveiled )は夫人の代表作の一つだ。ジョイスは、これをちゃんと読んではいない。もし読み、理解することができていたとすれば、卑近な心霊現象、アカーシャの記録( アカシックレコード Akashic record)についても(ジョイスに受けたのか、これはあちこちに出てくる)、輪廻についても、あやふやな概念ではない、しっかりした見解を持ち得たことだろうから、作為的で薄っぺらな『ユリシーズ』はもっと厚みと輝かしさを備えた作品となっただろうにと残念に思う。

バルザックは薔薇十字思想の影響を受けた神秘主義者であり、その知識を血肉としていたからこそ、「人間喜劇」のような偉大な創造を成し得た。ユリシーズでは様々な思想の断片が次々に紹介されるが、それらはジョイスの生半可な知識にすぎないために、有機的つながりを欠いている。

いろんな手口を心得ている婆さん?

例のブラヴァツキー女史ってのが事のはじまりだ。ありゃいろんな手口を心得ている婆さんだったからな。*7

どんな手口か書いていない。嫌らしく匂わせるだけだ。何て卑劣なやりかただろう。

ブラヴァツキー夫人がロンドンで亡くなったとき、ジョイスは九つ、アイルランドで暮らしていた。だからジョイスは生前の夫人を知らないはずなのだが、まるで知っていたかのように書く。読者は知ったかぶりの断定口調に呑まれて、夫人に関する情報がフェイクかもしれないとは思わない。

わたしはエッセー32「神格化された夏目漱石 (1)神仏分離政策の影」で、ウィリアム・ジェームズと SPR について次のように書いた。

プラグマティズムアメリカの哲学で、ウィリアム・ジェームズ(William James、1842 - 1910)によって有名になった。その影響は哲学、心理学、生理学、文学など多岐に及ぶとされ、意識の流れの理論を提唱したことでも知られている。
そのジェームズは、1894 年から1895 年にかけて SPR (心霊現象研究会)の会長を務めている。SPR はブラヴァツキー夫人の集まりから派生した、神智学協会にとっては近代神智学運動の趣旨をちっとも理解しなかった、ちょっと鬼子のような存在である。
端的にいうなら、ジェームズは真理を現金価値に変換して計量しようと企てることで、物質主義的価値観を高め、唯物論の拡散に貢献した。

おそらくジョイスは、SPR(心霊現象研究会)から出たホジソン・リポートについていっているに違いない。そのリポートはブラヴァツキー夫人が詐欺師であるかのように結論づけた。幸い、ホジソン・リポートの虚偽性は、1977 年に SPR の別のメンバー、ヴァーノン・ハリソンによって暴かれたのだったが、ジョイスは 1941 年に亡くなっているから、知らなかっただろう。

前掲書『神智学の鍵』でブラヴァツキー夫人は、神智学協会にとって危険な敵はとてもたくさんいると語っている。

その危険な敵の名は「第一にアメリカやイギリスやフランスの心霊主義者の憎しみ、第二にあらゆる宗派の牧師達の絶え間ない反対、第三に特にインドの宣教師達の容赦のない憎しみと迫害、第四にインドの宣教師達が組織した陰謀によって唆された英国心霊研究会による神智学協会に対する音に聞こえた攻撃があります」*8

英国心霊研究会とは SPR のことである。

これに関連して、ブラヴァツキー夫人は協会の簡単な歴史や、なぜ世間はそんなにいろいろ悪口を信じるのかという問に、次のように答えている。

たいていの局外者は協会自体について、また、その動機、目的、信念については何も知りませんでした。協会のごく始めから世間は神智学には或る不思議な現象以外は何もないと考えていました。そして心霊主義者でない三分の二は現象を信じていません。すぐに協会は「奇跡的」な力の持ち主のふりをする団体と見なされるようになりました。協会は奇跡を絶対に信じないし、奇跡の可能性さえないと教えていることを世間は理解しませんでした。また、協会にはこのようなサイキック能力をもっている人達はごくわずかしかいないし、そんな力を欲しがる人もほとんどいないということも理解しません。また、その現象はけっして公けに起こされたものではなく、私的に友達のためにしたことで、現象のようなことは暗い部屋や霊達や霊媒や普通の小道具がなくてもできることを直接見せることで証明しようと、一つの補助物として行ったにすぎないことも理解しませんでした。(後略)*9

その私的に、補助的に行われた「現象のようなこと」に関して、ホジソンはブラヴァツキー夫人には望まれない調査を強行し、リポートで夫人を詐欺師であるかのように結論づけたというわけだった。リポートの虚偽性は前述したように 1977 年に明らかとなった。

神智学協会関係者が5名登場する場面

9 のスキュレとカリュプディスには、神智学協会関係者が 5 名登場する箇所がある。脚注から引用すると、

ダニエル・ニコル・ダンロップ 1896年にヨーロッパ神智学協会終身会長、96年ごろから1915年まで『アイルランド神智学研究者』を編集。

ウィリアム・クワン・ジャッジ(1896没)アイルランドアメリカ人。1875年にブラヴァツキー夫人らと神智学協会を創設。彼女の死後、1895年にアメリカ神智学協会会長。

K・H ブラヴァツキー夫人の支配霊クート・フーミKoot Foomiの頭文字。  ※支配霊という解説は誤り(引用者)

ミセス・クーパー・オークリー ロンドンの神秘主義者。ブラヴァツキー夫人の腹心の一人。

H・P・B ヘレナ・ペトローナヴナ・ブラヴァツキー Helena Petrovna Blavatsuky の頭文字。

ジョイスの文章は次のようなものである。

 ダンロップ、あの者たちのなかでもっとも高潔なローマ人ジャッジ、農耕神官団の一人AE、口にしてはならない名前、天にあってK・Hと呼ばれる彼らの師、その実体は秘儀に精通する者には周知のことだ。大いなる白い支部の会員たちは、つねに、助けを求める者はいないかと見張っている。キリストは花嫁となる妹を連れて覚醒の境地へ去った。一人の乙女が聖なる魂と合体して産み落とした光のしずく、悔い改めたソフィアを連れて。秘儀の生は常人の知るところではない。O・Pは、まず悪しき業から抜け出さねば。ミセス・クーパー・オークリーは、かつて、わが高名な妹H・P・Bの心霊力をかいま見た。
 ああ、いやな! なんという! 《なんて恥知らずなの!》 見ちゃいけないのよ、奥さん! レディが心霊力を見せているときには見ちゃいけないのよ。*10

ブラヴァツキー夫人も他の人々も、思いっきり馬鹿にされている。こんなことが楽しいのだろうか。

しかし、K・Hが「天にあって」というのはジョイスの思い違いであるし、K・Hがブラヴァツキー夫人の支配霊という脚注の解説も間違っている。

ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)によると、ブラヴァツキー夫人は「主に化身している超人達の為の仲介者即ち伝達者として特別に訓練された」*11人物で、彼女は霊媒と思われることを嫌っていた。

夫人は、HPBと呼びかけられることを望んでいた。「大師方が『HPBのようなすぐれた人を長い間、待っていた」と言われたので、偉大な方々の協力グループの一員であることを示す、彼女にとって重大な意味のある名がHPBでした」*12

つまりK・Hは化身している超人達のお一人であり、ブラヴァツキー夫人はその方々の協力グループの一員だった。「HPB」は、夫人にとって、どんなにか神聖な意味合いの籠った、誇らしい名だったことだろう。

キリスト教心霊主義の混じったような考えかたでは、ブラヴァツキー夫人と彼女の著書を理解することはできない。

悪童のように無知で愚かだからこそ、文学の名を騙って盗ったり、玩具にしたりできるのだろう。恥知らずなのは、ジョイスではないだろうか。

『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)の中の編者ボリス・デ・ジルコフ「前書きにかえて」で、ジルコフ霊媒ブラヴァツキー夫人のような媒介者とを厳密に区別している。両者は対極にある。

大事なことなので、エッセー77「前世療法は、ブラヴァツキーが危険性を警告した降霊術にすぎない」でも引用したそのジルコフの解説を再び引用しておく。

H・P・ブラヴァツキーが通常の霊媒の状態にあると考え,彼女のオカルト現象をトランス降霊術と解釈した批評家たちの意見は,そこに含まれている諸要素に対する無知と単なる外見についての表面的判断にもとづいている。H・P・ブラヴァツキーが見せたある現象は,ほんものの霊媒が見せるそれに似ていたが,それらの外見の類似性は,次のようなふたりの人間の間に存在する類似性になぞらえることができる。すなわち,自発的な意志や意図で通りを歩いている人と,何が起きているかまったく知らずに夢中遊行している人と,である。ともかく,どちらも歩いていることにかわりはない。
 それゆえ,〈オカルティズム〉においては,単なる霊媒と媒介者をはっきりと区別する。前者は,一貫性のない気まぐれな星辰的諸力の不幸で無力な道具であることが多く,後者は,〈熟達者[アデプト]たちの同胞団〉とふつうの人間の間に立つ,完全に自発的でありながらまったく従順かつ協力的で自覚を持った仲介者である。したがって,媒介者は,高度に進化し訓練された人間で,強靭さや生き生きとした活力や霊的な洞察力の備わった個性を持っており,たいていは説得力のある肯定的な人格を通して機能する。H・P・ブラヴァツキーの場合も,きっとそうだったのだろう。(略)通常の霊媒は,多かれ少なかれ調子の悪い心霊学的[心理学的]装置が備わった人間で,星辰的な潮流やエネルギーがたまたま彼ないし彼女に向かってくれば,いつも無意識的に,あるいはせいぜい半意識的に,その餌食や犠牲者になっている。じつのところ,霊媒は,その体の諸原理が高次の霊的な意志や精神[マインド]のコントロール下にない者,あるいは部分的にしかそうでない者である。そのため,彼の体の低次の部分は,多かれ少なかれ一貫性を欠き,他者の考えや感情によって容易に揺らぐものになってしまう。
 一方、媒介者は,少なくとも自分の意志に関しては自由行為者であり,そのなかで内なる神からの霊的な流れが多少とも不断に働いている者である。それゆえ,そしてまた定義からしても,媒介者は,他のいかなるものの意志にも隷属したり服従したりしない高度なオカルト的訓練を積んだ人であり,心霊化にも自己心霊化にも苦しむことがない。そんなことがあるなら,媒介者でいるにはふさわしくないだろう。何をなすにせよ,彼は自己決定と自由選択の結果としてそれをなす。そして,彼が媒介者として活動することは,本質的に,高次の霊的〈原因〉に対する積極的な奉仕の最も壮大にして崇高な部分である。*13

ジョイスの幼児性が物悲しい

ところで、ジョイスヴァージニア・ウルフ同様、意識の流れという技法を使ったといわれている。ウルフの小説は確かにそのような実験ごころと何かに到達しようとする祈りのような意志を感じさせる。一方、ジョイスの場合は遊びにしかなっていないとわたしには思える。

例えば 18 のペネロペイア。句読点のない、主人公ブルームの妻モリーの独白が455頁から563頁まで続く。意識の流れがこんなに不自然なものであるはずがない。ヴァージニア・ウルフの技法とは似て非なるものだ。

ジョイスは糞尿好き、卑猥好きで、わたしは読みながらうんざりするが、丸谷才一氏はそうした傾向にも、解説「巨大な砂時計のくびれの箇所」で好意的な考察を加え、ユリシーズで最も重要なのは言語遊戯だという。「対象のきたなさと言葉の藝の洗練との対立は、ただ息を呑むしかない」*14そうである。

ヴァージニア・ウルフをはじめとするブルムベリー・グループの作家、イギリスの読者は『ユリシーズ』を嫌がったそうで、それはこの糞尿譚のせいではないかと思っていたそうだ。理性的な作家であれば、それが作品を嫌う一番の原因となることはないのではないか。不快に感じてしまうこのような箇所を、わたしなら飛ばすだけだ。

合成語、造語も得意だったらしい。脚注から引用した前掲のyogibogeybox(降霊術用びっくり箱)はそうだが、電話、エレベーター、水道設備、水洗便所という4つの単語を「神智学者が好きなサンスクリット用語めかした綴り字で書いて、ダブリンの文学者たちが AE やイェイツを含めてマダム・ブラヴァツキーに心酔してゐるのをからかったもの」*15もある。

ジョイスのからかいはともかく、当時のダブリンに、ブラヴァツキー夫人の神智学に心酔していた真摯な文学者たちがいたという情報がもたらされたことは、ありがたい。ウィリアム・バトラー・イェイツは1923年にノーベル文学賞を受賞している。わたしは未読だが、彼には日本の能楽の影響を受けた戯曲『鷹の井戸』などもある。

氷川玲二氏の解説「ダブリン気質」の次の記述は、ジョイスの言語遊戯に彼の屈折した感情があったことを推測させる。

ただしそれに関しても彼は狷介孤独だった。たとえば目下流行のアイリッシュルネサンスアイルランド文芸復興運動)とやらにも何だか馴染めない。人並みに多少ゲール語をかじってみたりしたけれど、なにしろこれは現在ではアイルランド西部の田舎でしか通用しない言葉だし、それによって表現できる事柄の範囲も狭い。*16

ジョイスは、アイルランド文芸復興運動の指導的人物であったラッセル、イェイツ、劇作家・詩人であったグレゴリー夫人*17らの恩恵を被りながらも、結城英雄氏のオンライン論文「アイルランド文学ルネサンスジェイムズ・ジョイス*18によると、彼らと対立していたという。

それは、出自の違いによるところもあったらしい。彼らがアイルランドの支配層であったイギリス系アイルランド人のプロテスタント教徒であったのに対し、ジョイスは土着のカトリック教徒だった。

今日のアイルランドにおけるイェイツ批判の背景にあるのは,プロテスタントカトリック,イギリス系アイルランド人と土着のケルト人という,19世紀後半から顕在化していた対立図式である。批判者のほとんどがカトリックの側に属していることからして,南北に分裂したアイルランドの現状を映し出している。文学における毀誉褒貶は珍しいことではないが,アイルランドのイェイツ批判は,ジョイス賛美と同じく,カトリック民族主義者による陰謀と思われる。*19

結城英雄氏は、「ジョイスもイェイツも,アイルランドという地方性を越え,ヨーロッパ文明を包括する普遍性を希求していたのである」*20とお書きになっているが、普遍性を希求していたにしてはジョイスのフィルターは自身の好悪の念で曇りすぎているのではないだろうか。

丸谷才一氏によると、ジョイスの語彙は、専門語、学術語から、俗語、卑語、幼児語、誓語(罵り言葉)、擬音語にまで及ぶという。「言語の多様性へのかういう執着は、長編小説を、 辞書と競争 させようといふもので、この企てもまた明らかに言葉遊びの一種であり、そしてこの遊びは当然、 百科事典と競争 歴史事典と競争 地名事典と競争 する段階へ進む」*21そうだ。

何が当然なんだか……わたしは、ジョイスと関わるのはもう充分である。ブラヴァツキー夫人が病身に鞭打ち、どれほどの思いで執筆に向かっていたかを伝記と著書を通して知っているためか、何か物哀しい気分にさえなった。

 

マダムNの覚書、2019年5月30日 (木) 00:44

 

*1:手塚裕子『キャサリンマンスフィールド――荒地を吹き渡る』(春風社、2017)参照

*2:ジェイムズ・ムア(浅井雅志)『グルジェフ伝 神話の解剖』平河出版社、2002

*3:アイダ・ベーカー(木村康男訳)『想い出のキャサリンマンスフィールド』(開文社出版、1994)参照

*4:エッセー24「ルネ・ゲノンからシモーヌ・ヴェイユがどんな影響を受けたかを調べる必要あり」及びエッセー25ブラヴァツキー批判の代表格ゲノンの空っぽな著作『世界の終末―現代世界の危機』」参照

*5:pp.661-662

*6:ジョイス,丸谷&氷川&高松訳,1996,p.465

*7:ジョイス,丸谷&氷川&高松訳,1996,p.343

*8:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.263

*9:ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.263

*10:ジョイス,丸谷&氷川&高松訳,1996,p.451

*11:マーフェット,田中訳,p.188

*12:マーフェット,田中訳,p.189

*13:ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,前書きにかえてpp.17-18

*14:丸谷,1997,p.585

*15:丸谷,1997,p.583

*16:氷川,1997,p.637

*17:イザベラ・オーガスタ・グレゴリー Lady Isabella Augusta Gregory, 1852 - 1932

*18:結城英雄 . アイルランド文学ルネサンスとジェイムズ・ジョイス(5). 法政大学文学部紀要. 2014-03, 68, p.59 -70. http://hdl.handle.net/10114/9303, (参照 2019-06-04).

*19:結城,2014,pp.59-60

*20:結城,2014,p.69

*21:丸谷,1997,p.587