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マダムNの神秘主義的エッセー

神秘主義的なエッセーをセレクトしました。

39 魔女裁判の抑止力となった、暗黒の時代の神秘主義者たち

インデックス

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Cathars
13th century
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

 

上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社講談社学術文庫、1998年)によると、魔女裁判が本格化したのは12世紀以降の異端審問が鎮静化した15世紀からだという。
異端審問の延長上に生まれたことは確かで、フランスのように教皇庁指揮下の裁判と世俗裁判所の役割分担が前者では異端審問、後者では魔女裁判という風に明確であった所もあれば、ドイツのように教皇庁の力が弱くて双方が入り乱れていた所もあって、地域により時代によりまちまちだった。
異端者という語を生み、異端審問の開始のきっかけとなったのは、カタリ派だった。カタリ派はそれだけキリスト教会を脅かす存在だったのだ。
魔女裁判の拡がりには、魔女のことをまことしやかに定義づけた本の流行があり、それに伴って魔女に対する妄想が大きく拡がった。それを可能としたのがグーテンベルクの出版革命だったというのは、皮肉な現象といえる。

前掲書『魔女とキリスト教』から、魔女が犯罪者となり、さらには精神病者となった過程を見ていこう。

魔女裁判に特徴的なことは、魔女の告発、拷問、自白、誣告のメカニズムに抑止力がなく、あたかも細菌が増殖するように拡がって、無実の市民を巻き込み、いつの間にか、拷問をする人、裁く人、あるいは町の名望家にまで魔女の嫌疑が拡がり、火刑に追いやられるという事態である。*1

魔女(男)裁判からついに魔児裁判まで行われるようになると、さすがに終息の兆しが見えてくる。大人たちが現実と妄想の区別がつかなくなっていたように、子供たちは現実とファンタジーの区別がつかなくなっていた。
終息のきっかけとなったのが精神病理学の発達で、魔女裁判をリードしてきたフランスの法曹界がその影響を受けるようになったのだった。
そして、宗教と政治の主導権争いがあり、絶対王政の下で国家は魔女を火炙りにするよりは拘禁し始めるようになり、山火事のようにヨーロッパに拡がった魔女現象は次第に鎮静化した。
一貫して魔女裁判の抑止力となったのは、当然ながら神秘主義者たちだった。
魔女裁判の衰退に最も影響を与えたのは、ヨハン・ヴァイアーの医学的アプローチ、魔女懐疑論だった。

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Pieter Holsteyn II (1614年頃–1673)
Johannes Wier (Weyer)の肖像. 1619年と1660年の間
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

ヴァイアーは、魔女裁判によって摘発された魔女を何とか助けようとした。字を読めず書けず、ただ信心のみ深い年老いた老婆、精神病者、メランコリー体質の病人、さらに拷問の苦痛に耐えかねて供述した容疑者などが、宗教裁判官や世俗官憲によって誘導され、断罪されて魔女に仕立て上げられるのを座視できなかった。*2f:id:madame-nn:20151011221934p:plain

ヴァイアーの狙いは、メランコリーという医学概念を魔女の判定に持ち込んで、魔女は責任能力を有しないことを立証することだった。こうすることで、自由意思で悪魔と契約する魔術師と魔女とは截然と区別することができる。(……)ヴァイアーは悪魔や憑依の実在を認めながら、それは今日の精神分析でいうところの暗示であると解している。(……)ヴァイアーは、ボダンと同じく悪魔の実在を認めていた。もしそれを否定するとなると、神の存在も否定することになり、無神論者の烙印をおされかねない。だから悪魔の存在を承認した上で、科学的な視点から、魔女とされた哀れな女性を救済しようとしたのである。*3

 ヴァイアーはパラケルスス、アグリッパの思想系譜に属する神秘主義者で、彼の師アグリッパは魔女迫害推進派から邪悪な魔術の象徴として攻撃された。

アグリッパは異端視されながら『女性の高貴』など女性賛美の文章を書き、パリに秘密結社をつくり、メッツ市の法律顧問となって、魔女の嫌疑のかかった老婆の救援に立った。
勿論彼自身も魔女裁判の犠牲となる危険と隣り合わせだったが、個人的に教皇から好意をもたれていたことが幸いしたという。
魔女裁判には、フェミニズムの問題が深く関わっている。
わたしが男性であったとしても、この問題に関心を持ったかどうかはわからないが、アグリッパもヴァイアーも男性だった。わたしはこの問題を、バランス感覚の問題だと捉えている。
キリスト教会が異端審問、魔女裁判の真の標的としたのは思想的敵対者であった神秘主義者だったから、神秘主義者がいなければ、あんなことは起こらなかったと考える向きがあるかもしれないが、あのような事態を招く社会は神秘主義者がいようといまいと似たような別の事態を招いたことだろう。
魔女裁判の代表的なキーワードとなったサバト(魔女の集会)が初めて出現したのは1335年のトゥールーズカルカソンヌ地方の異端審問であり、サバトの語がユダヤ教の安息日(サバト)から来ていること、黒ミサがミサのパロディとなっていることを前掲書は指摘している。

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Workshop of Boucicaut Maste
L'expulsion des habitants de la ville de Carcassonne en 1209, miniature extraite
d'un manuscrit des Grandes Chroniques de France
1415年頃
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)


魔女はキリスト教が生んだブラックファンタジーといえるのかもしれない。

魔女の処刑はショー化すらしていた。

刑場へは罪人を荷車で運んだ。槍を持ち、鎧を着けた人びとがそれを護衛した。処刑の日は夏の晴れ上がった日が選ばれ、民衆を集めるため、行列の華やかさが演出された。
裁判所構成員、太鼓手、笛吹が続き、見物人がそのあとに従った。学校の教師と司祭が加わり、刑場には高位高官が豪華な衣裳で列席した。
都市近郊からは、朝早く農民や職人たちが子供連れでやってきた。乞食や旅芸人も集まってきた。屋台や露店が出て、地方から来た見物人たちにロザリオや聖画、パンフレット、種々のみやげ物を売っていた。処刑場は祝祭の場に変った。*4

 これはもうキリスト教会がどうというより、人間自体の怖ろしさだ。まさに地獄の光景である。

これまでに何度も書いたが、わたしには前世の淡い記憶があった。過去形なのは、子供の頃のような実感を伴っては思い出せなくなってきているからだ。
年とった男性の修行者として死んだという記憶、あの世の繊細な光と大気の記憶があり、今生でのテーマを自覚していた。
もはや、そのテーマについてはおぼろげにしか覚えていず、前世から幼い頃を通じて習慣化していた瞑想のやり方すらも忘れてしまった。
ただ、母の子宮を通じてこの世に降りてきた当初のつらさ、あの世の大気に戻りたい悲痛な気持ちは昨日のことのように覚えていて(脳は生まれ変わりごとに新しくなるはずだから脳の記憶ではなく、霊的な記憶だろう)、それに比較すれば、今どんな気持ちを味わったとしても、せっかくこの世という教室に降りてきたのだからもう少し頑張ってみよう、しっかり生きようと思い直す。
他の人々も忘れているだけで、各人各様の宿題をやり遂げるために、この世に降りてきたのだとわたしは考えている。
父と夫の考えかたや行動にしばしば悩まされるわたしだが、それらはいくつもある前世のうちの二つのわたしの在りかたそのものなのではないかと考えるようになった。すなわち、遠い過去の二つの自分を映し出した人々なのではないかと。
今のわたしには過去世の自分の偏っていた点がよく見えるというわけだ。だが、現在のわたしの偏りは今のわたしには自覚できず、そこを正すために、死んだあとで(あの世で休んだあと)またこの世に生まれ変わって来ることになるのだろう。その別のわたしは、今のわたしに似た人間に出会って深い関わりを持つことになり、いろいろと悩まされるのではないだろうか(あと何回ここに降りて来なきゃいけないのやら)。
そのとき、この世という教室がいくらかでも居心地がよくあってほしいものだと思う。どこの国か、どんな階層か、男か女か――選択するのは、輪廻する主体である不死の高級我といわれているから、生まれてくるわたしにとってはあなた(高級我)任せとならざるを得ない。この世のどこもがよいところでない限り、困ることになる。そう考えると、何事も他人事ではない。
魔女裁判が吹き荒れた暗黒の時代に、理性を保って生き、人々を処刑から救おうと活動した神秘主義者たちがいたことに安心させられ、彼らは凄いなあと思った。あの時代、東洋ではなく、ヨーロッパに生まれた神秘主義者は悲劇であった。
一般の人々は生まれた環境や影響によって仏教徒になったりキリスト者になったり、マルキスト無神論者になったりもできるのだろうが、神秘主義者は先行する明確なものがあるために、どこに生まれようと神秘主義者なのである。極力社会に溶け込もうとするだろうが、社会状況によっては目立たざるをえないこともあるに違いない。
前掲書には、産婆が魔女とされることが多かったとあるが、それには当然、キリスト教会の利害が絡んでいた。産婆を迫害した男たちだって、当時はほとんどが産婆の介助で生まれただろうに……と不思議である。
魔女が箒に跨っている姿は、わたしには物哀しく映る。万能に近い力を付与されてさえ、彼女たちは家事から解放されえなかったのだ――と思うと。進化した魔女は、掃除機に跨るのだろうか?
前掲書には、魔女を合理的に活用しようとしたスウェーデン国王の話が出てきて、笑わせる。彼は自国の軍隊に4人の魔女をつけ、デンマークの国境に進軍したという。残念なことに、大公ジギスムントの魔女作戦は効果なかったらしい。
もしマグダラのマリアが初代教皇になっていれば、キリスト教の歴史は、世界は、どんなに変わっていただろうかと空想したくなる。

 


マダムNの覚書、2010年5月23日 (日) 17:20、26日 (水) 17:17、27日 (木) 14:50

*1:上山、1998、p.227

*2:上山、1998、p.285

*3:上山、1998、p.287

*4:上山、1998、pp.236-237