マダムNの神秘主義的エッセー

神秘主義的なエッセーをセレクトしました。

8 息子の夢と前世のわたし

まだ高校生だった息子がわたしの夢を見たといって、こんな話をしてくれたことがあった。

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そこは昔のインドか中国かというような土地で、わたしは白い牛に跨り、上半身は裸。どこかへ行こうとしていたそうだ。息子は旅の途中の商人だったとか。わたしは白く長い髭を持ち、ひどく痩せていて、頭は剥げた老人。神々しいような目をしていて、修行者らしい傷が両手にあったという。

「その剥げたお爺さんがママだなんて、何だってわかるわけ?」と訊くと、「だって、雰囲気がママなんだ。どうしたって、ママなんだ」といいました。そして、そのお爺さんをなつかしむような遠い輝くような目をした。

夢が、というより、息子のそんな表情がわたしにはとても起こりそうもない神秘に思えた。その頃、息子は反抗期の只中だったから。

実は、本当のことだとは思っていただけないかもしれないが、前世、修行者として老人になってから死んだというあわい記憶が子供の頃のわたしにはあった。瞑想をする習慣もあった。今となっては、嘘のような子供時代の出来事で、瞑想のやりかたなんて、もう忘れてしまった。

ただ具体的なことはわたしには何もわからず、息子の夢がわたしたちの前世に絡んだものなのかどうかは知りようがない。息子は子供の頃、お金を駒にして遊ぶ癖があった。商人だった名残なのだろうか。

 

マダムNの覚書、2006830 () 02:40

 

〔追記〕 

2010年9月27日に息子と長話したとき、たまたま前世の夢の話になって、その内容をもう少し詳しく聞いた。それは、次のような話だった。

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修行者らしいというその老人が、上半身は裸だったということから、わたしは乞食のような身なりを想像していた。しかし、息子がいうには、よい身なりだったということだ。そして、息子のほうはそのとき1人ではなく、キャラバンを組んでいたとか。そのキャラバンもみすぼらしいものではなかったという。

キャラバンで使われていた動物は西洋馬のように大きなものではなく、ロバとかラバとか、そういった動物に見えたらしい。息子たちは敬意を払うかのように、ごく自然な雰囲気で、牛に跨った老人に道をゆずったのだそうだ。

息子と老人がすれ違った場所が山道だったことは、はっきりしているとか。2人は別の国の人間に見えたという。

「お互いに、今とどちらがよさそうだった? 境遇的に」と訊くと、息子は「いやー、夢の中では、どちらも生き生きとしていて、少なくとも不幸には見えなかったよ」といった。「ふーん」とわたし。わたしは1人でどこかへ向かうところだったそうだが、かなりの高齢でありながら堂々としていて、尊大なくらいだったそうで。

もっとも、それが本当に前世の夢だったかどうかは息子にもわからないとか。ただ、目が覚めたときに、そう思ったそうだ。長い夢の一場面だったのか、その場面だけが夢に現われたのかも定かではないという。

 

2010927 ()