マダムNの神秘主義的エッセー

神秘主義的なエッセーをセレクトしました。

0 当ブログについて

当ブログは、神秘主義的観点から執筆したエッセーをセレクトしたものです。

文学に傾倒してきたので、文学に触れたエッセーが多いのですが、当ブログのエッセーは神秘主義的考察に主眼を置いているため、文学的観点からのアプローチとは作風が異なっているかと思います。

そのほとんどが基幹ブログ「マダムNの覚書」で公開したものですが、当ブログで公開するにあたり、加筆、訂正しました。

総タイトルをインデックスで御覧になることができます。サイドバーにカテゴリー「インデックス」を設置しております。

カテゴリー「初出:b覚書,2006」というのは、初めて作品を公開したのが2006年、ブログ(b)「マダムNの覚書」(覚書)においてであったという意味です。

 

f:id:madame-nn:20150828115627j:plain

 

プロローグ

信じていただけないかもしれませんが、わたしの一番古い記憶はこの世に降りてくる前のあの世での光の記憶です。

それは、えもいわれぬ柔らかな精妙な光でした。
幼いころ、この世の太陽の光のきめがあまりに粗くて皮膚に痛く、暗いこの世の光に気持ちまで暗くなって、絶望的な子供時代でした。誰に教わるでもなく、瞑想をする習慣もありました。前世は修行僧で老人になってから死んだ、という漠然とした記憶もありました。
子供のころの空想と思うには、57歳まで生きてきたわたしの人生は神秘主義的にすぎますし、自分を霊媒と考えるには主体的、自覚的にすぎます。脳は生まれ変わるたびに新しくなるので、霊的な記憶だろうと想像するしかありません。
一方では、塀とか木の上のような高いところの好きな普通の子供でもありました。そうした完全な二重生活をまわりの人達も皆送っていると中学生になるころまで、思い込んでいました。
ここにご紹介するのは、こうしたこの世的には風変わりな、神秘主義者的な視点から綴ったエッセーです。

 

2015年12月9日における追記

わたしが神秘主義者と自称する根拠は1981年10月10日発行の文芸同人誌「VIE」に発表した「枕許からのレポート」という手記に潜んでます。当ブログにも収録しました。

mysterious-essays.hatenablog.jp

 

2017年6月29日における追記

神智学がいうように、人間が七つの本質からなり、オーラの卵と呼ばれる色彩を帯びた卵形の光の中に生きている存在だとすれば、わたしが時々見るオーラと呼ばれる色彩を帯びた放射物を、今はまだ見ることができない人々もいずれは全員が見るようになるはずだと思うのです。

そのオーラが見え始めたのは大学生のころからで、それが比類なく美しいために、物書きの本能として、わたしは描写せずにはいられませんでした。他の神秘主義的な体験についても、自己肥大や商売っ毛からそうしてきたわけではありません。

自分の体験を特別視していないからこそ、描写し、記録し、神智学などの神秘主義関係の書籍と照らし合わせて研究したくなるのです。

自己肥大や商売っ気からなる著作は、記録や試行錯誤の研究というには自信満々で、その内容はわたしには何か遠いものに映ります。

海外には行ったことがないから、他の国ではどうなのかは知りませんが、今の日本社会では、わたしのような人間は「オーラが見えてすみません」くらいの低姿勢でいないと、一般の人々からは精神病患者あるいは詐欺師と疑われかねず、神秘主義と関わっているのに神秘主義的感性には欠けているインテリ――彼らが神秘主義について何かいうと、絵に描いた餅のように響きます――からは霊媒に分類されかねません。

一般の人々や頭でっかちのインテリは、神秘主義の本格的な勉強に入るより、芸術に触れて情操を高めるほうが先かもしれません。情操の発達こそが、健全な感受性を、つまり透視力や透聴力を育むはずだからです。

一足飛びに大師になれるわけではないといわれるのが真実なら、大師になるずっと前に、誰しもいずれはわたしと同じ段階に至るでしょう。

そのとき、神秘主義的体験の記録をとろうと思ったわたしの動機を人々はようやく理解し、聖典や大師方の手の加わった大著作と霊媒の著作との間に、このような成長記録――つまり当ブログに収録していくエッセー――のようなものがあってまあ助かる、と思ってくれるのではないでしょうか。