マダムNの神秘主義的エッセー

神秘主義的なエッセーをセレクトしました。

73 息子の土産話から連想したお伽噺の魔女、旧交を冷やした友人との再会

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昨夜*1、ベルギーに2週間出張していた息子から電話があり、長電話になった。興味深い話をいろいろと聞くことができた。

古い洋館が研修施設になっていたそうだが、近くに森があり、その森は日本の森や林といったイメージからは遠く、そう大きな森ではないのに、とても暗くて、ヨーロッパのお伽噺によく出てくる魔女でも出てきそうな感じだったとか。

魔女裁判があっていたころ、異端視された人々が森の中で秘密の集会を開く場面を本で読んだことがあったが、隠れるにはぴったりといった雰囲気だそうだ。

尤も、息子は森に入ったわけではなく、近くを通ったときに見た程度だったようだ。小さな国の割には放牧地が広大で、牛の群れが無造作に点在していたとか。

森の近くの研修施設も、そこからは離れた街の研究団地のようなところにあるオフィスも国際色豊か、人々は友好的だったという。

ただその国の礼儀作法で、親しい男女間、女性同士が頬を触れ合う挨拶があり(男性同志ではしない)、女性と頬をくっつけ合う挨拶では固まってしまい、それを察知した相手は次の日から握手に代えてくれたとか。

オフィスには世界中飛び回っているモロッコ出身の女性がいて、その人は大の日本贔屓だそうで、それは青年海外協力隊に親切にして貰ったからだという。

オフィスのある街の住人はとても親切で、フランス語しか通じないレストランで戸惑っていると、隣で食事していたお客さんが通訳を買って出てくれたそうだ。

研修の間もオフィスでも昼食はフランスパンにハム、チーズ、野菜などを挟んだサンドウィッチ。ハーブがきつくて、息子はそれが苦手だったそうだ。

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息子がチョコレートを送ってくれた。日本でもお馴染みのゴディバGODIVA)とベルギー王室御用達として認定されたガレー(Galler)のチョコレートだった。

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 暗い森の話のところで、つい魔女裁判を連想してしまったのは、わたしが児童小説に魔女裁判にかけられる女性を登場させたいと思い、いろいろと調べてきたからだった。

ヨーロッパのお伽噺に見られるような魔女の起源はキリスト教会に異端視されたカタリ派に求められるらしいこと、またカタリ派ではイエスマグダラのマリアが結婚していたと教えていた*2らしいことを知った。イエスマグダラのマリアの結婚については、エッセー 49 「絵画に見る様々なマグダラのマリア」を参照されたい。

原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991)によると、カタリ派は都市部における富裕層の知識人たちによって担われ、栄えたが、弾圧されるにつれて農村部に移り、次第に迷信化、妖術化していった。つまり、どんどん俗化を強めていき、遂には絶えたということである。

エッセー 39魔女裁判の抑止力となった、暗黒の時代の神秘主義者たち」で書いたことだが、上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社講談社学術文庫〉、1998)によると、魔女裁判が異端審問の延長上に生まれたことは確かであるようだ。

フランスのように教皇庁指揮下の裁判は異端審問、世俗裁判所では魔女裁判――という風に担当が明確であった所もあれば、ドイツのように教皇庁の力が弱くて双方が入り乱れていた所もあって、地域により時代によりまちまちだったようである。

異端者という語を生み、異端審問の開始のきっかけとなったのは、カタリ派だった。カタリ派は、それだけキリスト教会を脅かす存在だったのだ。

現代であれば精神病者に分類されるような人々が訴えられたり、逆に訴えたりするケースは多かったようである。

ところで、旧交を温めるつもりで、逆に冷やす結果となった友人は看護師だが、ご主人が統合失調症と診断され、大変なようだ。別の医者は別の診断を下しているという。飲み薬漬け、アル中気味だったのが、療養所に入所したことで、少なくともアルコールとの縁は断っているそうだ。

友人は助産婦の資格も持っている。実は、前掲書『魔女とキリスト教』によると、特に魔女狩りスケープゴートとなったのは産婆だったという。

キリスト教会は、近代医学を大学を通じて自己の傘下に収めていったが、それは男性による「医学体系」から、自然の摂理を重んじる伝来の自然治癒法と女性治療師を排除していく過程でもあったそうで、産婆は伝来の側を代表する存在と見なされたようだ。

中世では、魔女は「賢い女性[ヴアイゼ・フラウ]」と呼ばれ、そこには悪い魔女というイメージはなかったらしい。賢い女性・自然治癒と教会医療・近代医学の対抗について、次のように書かれている。

「賢い女性」と呼ばれた時代の産婆は、薬草に通じ、出産補助、避妊、堕胎、鎮痛、炎症どめにすぐれ、多くの子供を無事にとりだすことが産婆の腕であった。(……)産婆の魔術[マギー]は当時の医学とは違い、経験の科学の側面をもっていた。彼らは経験家[エンピリカー]であり、西洋医学の理論や概念とは無縁であった。それだけに、医者集団にとってある意味で恐るべき存在であった。(……)女性による自然治癒と、教会医療や近代医学との対抗には精神的、宗教的要因だけでなく、経済的要因もからんでいたことが指摘できる。その一つは、砂糖の営利権にかかわるものだった。ウィリアム・ダフティは『砂糖ブルース』の中で書いている(29:216)。教会は中世以来砂糖産業の権利を持っていたのだが、「白い女性たち」――教会にとっての魔女――は砂糖を食べることを人びとに諫めた。肉体と魂の病気は食物からくると考えるオリエント文明と、「賢い女性」「白い女性」の自然治癒法は一致していた。*3

産婆と神人一致を唱える神秘家は、共に異端のレッテルを貼られたのであった。

しかしながら、息子が滞在中、昼食に口にしたというハーブを沢山使ったサンドウィッチには、薬草の知識が豊富で自然治癒、予防医学を実践していた魔女の貢献が今もヨーロッパに生きているということなのではないだろうか。

そして、一貫して魔女裁判の抑止力となったのは、神秘主義者たちだった。

前掲書『魔女とキリスト教』によると、魔女裁判の衰退に最も影響を与えたのは、ヴァイアーの医学的アプローチ、魔女懐疑論だった。

ヴァイアーはパラケルスス、アグリッパの思想系譜に属する神秘主義者で、彼の師アグリッパは魔女迫害推進派から邪悪な魔術の象徴として攻撃された。

アグリッパは異端視されながら『女性の高貴』など女性賛美の文章を書き(男性優位の社会背景があった。ちなみにカタリ派は男女平等論者だったという)、パリに秘密結社をつくり、メッツ市の法律顧問となって、魔女の嫌疑のかかった老婆の救援に立った。

勿論彼自身も魔女裁判の犠牲となる危険と隣り合わせだったが、個人的に教皇から好意をもたれていたことが幸いしたという。

ヴァイアーは、メランコリーという医学概念を魔女の判定に持ち込んで、魔女は責任能力を有しないことを立証しようとした。

こうした精神病理学の発達で、魔女裁判をリードしてきたフランスの法曹界がその影響を受けるようになったことから、魔女は火炙りにされるよりは拘禁され始め、山火事のようにヨーロッパに拡がった魔女現象は次第に鎮静化したという。

律儀に夫を支え続けている友人は立派だ。

が、残念ながら、彼女と前述したような話はできない。

戦後の日本が、共産主義者が大勢入り込んだ進駐軍による愚民政策によって唯物主義、現世主義に大きく傾いたように、彼女の物の考えかたにはその影響が色濃く、それが現代日本における主流なのだから、目下わたしに勝ち目はない。

物心ついたときから神秘主義者であったわたしなどは、現代日本の価値観からすれば、非科学的な時代錯誤の人間と映って当然だ。一方わたしのほうでは、これをいってはまずいのかもしれないが、むしろ彼女のような人々のほうが古めかしい人々に映る。

高校時代に親しかった彼女に、当時のわたしは自身のほのかな前世やあの世の記憶について、話したことはなかった。話せない雰囲気を感じていたからだろうが、かくも価値観の異なる青春時代における友人関係というものが、互いにとって有意義であったかどうかは微妙なところだろう。

ただ、何にせよ、神秘主義は科学に反する立場をとっているわけではない。オーラが肉体を包んでいるように、神秘主義は科学そのものを包含し、包含する観点から正誤を考察しようとするものなのだ。

近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの著書はそのようなもので、その著書には古代から当時知られた科学者に至るまで、多くの科学者、哲学者の説が沢山出てくる

わたしは友人ににこうした考えを押し付けようとは思わない。彼女が思った以上に現世主義者で、価値観があまりにも異なることがわかったため、高校時代にそうであったように、今後こうした方面の話はしないだろう。

彼女も、彼女のご主人も一定の落ち着きを得たようだし、頼りになる妹さんもいるようだから、元のように距離を保つほうがいいかもしれない。

尤も、神秘主義の研究を標榜しながら出鱈目な論文を書く学者や、スピリチュアルという名の下に誤った知識を商売道具にしている者など怪しげな人々が沢山いて、神秘主義が誤解されるのも無理はない。

それでも、精神病理学を発達させたのがヴァイアーのような神秘主義者であったことから考えると、神秘主義を排除して唯物的なアプローチを続けたところで、精神医学が停滞を続けるばかりであることは想像できる。

ユングのような神秘主義に関心を持った心理学者も出たが、そのアプローチの仕方はあまりに恣意的なのではないだろうか。

 

マダムNの覚書、2017年7月18日 (火) 20:52

*1:2017年7月18日

*2:マイケル・ベイジェント&リチャード・リー&ヘンリー・リンカーン(林和彦訳)『レンヌ=ル=シャトーの謎――イエスの血脈と聖杯伝説――』(柏書房、1997)の《1996年版のあとがき》に次のような記述がある。「 ユリ・ストヤノフは、著書『ヨーロッパ異端の源流』の調査中に尋常でない刺激的な文書を入手した。この文書は、とくにラングドッグ地方のカタリ派思想について詳しく解説したものである。この文書はおそらく司祭のカトリック作家が編纂したもので、彼はカタリ派の上層部に入りこみ、新入会員の教育の場に出席した。この場で、危険な秘密が将来の「完徳者」に伝授されたらしい。この文書からユリ・ストヤノフは、カタリ派ではイエスとマグダラがまさに結婚していたことが、ひそかに教えられていることを発見した(Stoyanov,Y., The hidden Tradition in Europe, London, 1994, pp 223-23)」

*3:上村,1998,pp.199-202