マダムNの神秘主義的エッセー

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19 映画『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』を観て

 『インディ・ジョーンズ』シリーズが大好なので、20年もの歳月を経たあとに公開された『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国*1は勿論観に行った。

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時は1957年の冷戦時代。イリーナ・スパルコ大佐率いる偽装米兵に拘束されたインディと相棒マックが、軍事施設「エリア51」に連れて来られるところから話は始まる。翌日、ここでは核実験が行われることになっていた。

スパルコ大佐の一味はアマゾン奥地の伝説的な黄金都市から盗み出された「クリスタル・スカル(水晶髑髏)」を狙っていた。宇宙の神秘を解くパワーを秘めているといい伝えられてきた謎の秘宝で、それを元あったところに戻せば、神秘のパワーを手に入れることができるという。……
クリスタル・スカルは、1947年のロズウェル事件(UFO回収事件だったという噂がある)と関係があった。
黄金都市には、異星人らしい13体のクリスタルが円形に並ぶ部屋があった。
その中の1体の頭部が欠けていた。
スパルコ大佐はインディが見つけたクリスタル・スカルを奪い、神秘のパワーを得ようと頭部のない異星人の体に置く。
すると、彼女はその水晶髑髏の目に見つめられて目が離せなくなる。宇宙の秘密を知りたいという彼女の欲望に応えるように、宇宙の膨大な歴史(?)がスパルコ大佐の目に雪崩れ込み、それに耐えられなくなった彼女の目は発火する。

この場面には心底ぞっとし、自分が大学の文芸部時代に書き、毎週行われていた合評会用のガリ刷り機関紙「太陽」に発表した詩(リンク先はマダムNの覚書)を思い出した。それは次のような下手な詩だった。

或る記憶

 

後足の細さが かすかにもがいて赤んぼうのように

ポリーは土に降りた。歩いて 歩きながら
ポリーの目は脹れる様[さま]に
見開いてしまった。  わたしは見たのだ。
いつもと変わらぬ 天と地と空[くう]のその一さいが
ポリーの小さな瞳めがけて
雪崩[なだ]れ込むのを
語らぬものの全てが語らぬを周知に ポリー
の瞳を選定した。
わたしは見た。ポリーがなぜ死ぬのかを。 

スパルコ大佐の発火する直前の目が死ぬ間際の愛犬の目を連想させたために、あの場面がとりわけ戦慄させられるものとなったわけだった。

何にせよ、スターリンの秘蔵っ子でサイキック研究計画の中心人物であるイリーナ・スパルコ大佐は「鉄のカーテン」という古い言葉を象徴したような女性に仕上がっていて、なかなかよかった。

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ただ、映画というジャンルを超えた意味で問題だと感じたのは、娯楽映画だから……では済まされない、核実験シーンのあまりの軽さである。
これが意図的に軽く描かれたとは思えないだけに(パンフレットの中に視覚効果スーパーバイザーであるヘルマンの「とても深刻な題材なので、軽々と扱うことはできなかった」という言葉がある)、原爆とはそのようなものだと一般アメリカ人に認識されていると感じられ、深刻にならざるをえなかった。
もうだいぶん前になるが、テレビで、アメリカの核実験下で訓練をした米兵の被爆問題を扱ったドキュメンタリー番組があり、その中で核爆発の被害を防ぐための兵士用マニュアルが公開されていた。
それに書かれていたことは、目が損傷するから核爆発を直視するなとか、放射能被害を防ぐために体を洗えだとかいった、我々日本人からすれば子供騙しとしか思えない内容だった。鉛の冷蔵庫に入って命拾いしたインディが、しきりに体を洗われていたのも頷けよう。
『インディ』における核実験の場面は、一般アメリカ人の核に対する認識の甘さを改めて印象づけた。
被爆国に生まれたというだけで、我々は原爆の怖ろしさを何とはなしに実感できる。何とはなしに、といったが、勿論これは、それを身を持って教えてくれた人々のお蔭であることはいうまでもない。
子供の頃お世話になった家政婦の小母さんは、長崎への原爆投下後、汽車で運ばれてきた負傷者の看護に婦人会から行かされたという。小母さんの話では、町に住む大方の婦人たちが行かされ、わたしの母方の伯母たちも行ったという話だったが、伯母たちは戦争のことを黙して語らなかった。
小母さんは、学校の講堂に寝かされた負傷者たちの傷がどんな風に崩れていくか、膿の臭いがどんなふうか、蛆がどんな涌きかたをするか、「水、水」と呻く声がどんなだったかを、嫌というほど聞かせてくれた。
当の小母さんは淡々と話すだけなのだが、話が長くなるとうわ言にも聴こえてきて、何しろリアルだった。お蔭で、原爆というものの怖さを刻印された。ただ、人生観が過度に暗くなった気もする。
これは余談だが、蛆は傷の修復に役立つ虫だそうで、治療用の蛆を糖尿病患者の壊疽に役立てる研究が進められていると前に新聞で読んだ。

インディの考古学的探究・冒険が異星人に辿り着く物語の結末部は、漫画的でもう一つだった。

このちゃちさと核に対する認識の甘さは、どこかでつながっている気がする。娯楽物であればこそ、異星人を出したら出したで、壮麗な描き方をしてほしいものだ。

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エンディングはインディとマリオンの結婚式というハッピーエンドで、これは感涙ものだった。
この脳天気ともいえるロマンティシズムがアメリカの魅力である。このアメリカが生きていればこそ、アメリカはわたしにとって、気は優しくて力持ちの金太郎国家という幻想を誘うのだ。
荒み、国力が衰えてきているように見えるアメリカであっても、こんなエンディングでハッピーに飾られた映画が制作されている限りは、かつてのよきアメリカの復活が可能だとの期待を抱かせてくれる。

インディ・ジョーンズ』シリーズの魅力の一つは、かつて別の映画のどこかで見たシーンがキルトのように綴り合わさっているというところにある。
今回の映画では『アメリカン・グラフティ』と『未知との遭遇』が目立つキルト模様で、かつてそれらを観た者であれば、思い出さずにはいられないに違いない。

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ところで、パンフレットにはインディ(本名ヘンリー・ジョーンズ・ジュニア)の履歴書が載っている。
それによると1899年生まれのインディは、1910年に「広場でクリケットをしている少年たちと遊ぶが、その中の1人が、神智学協会会長アニー・ベサントらが救世主と崇める宗教的哲人のクリシュナムルティだった。インディはクリシュナムルティ少年と友人になり、神と愛について考え」たそうだ。

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Annie Besant, 1888
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

神智学協会の会員であるわたしは、こんなところにアニー・ベサントやクリシュナムルティが出てきて、びっくりした。

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Annie Besant and CWLeadbeater London 1901
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

ベサントが、相棒リードビーターと共にオーラがこよなく美しいクリシュナムルティを発見して救世主に仕立てようとした事件は、神智学協会にとっては過去の汚点ともいうべき事件といってよい。

神智学協会のモットーは「真理に勝る宗教なし」であるというのに、ベサントは協会を教会に、すなわち宗教組織に変えようという対極的行動を起こしてしまったわけだからだ。勿論クリシュナムルティはそれを拒否し、神智学協会から離れた。
邦訳されているベサントの著作を昔読み、わたしにはベサントがブラブァツキーの著作を部分的にしか理解できていないようにしか思えなかった。ブラヴァツキーの著作に関しては邦訳されているものの中で読みやすいものを読むのが精一杯のわたしでさえ、一貫して流れている金科玉条は自ずから伝わってくる。
頭が悪かったとは思えないベサントがなぜと思わざるをえないが、これは核実験のシーンの軽い描かれ方にどこか通ずるものがある気がする(ベサントはイギリス人であったが)。
それにも拘わらず、わたしは清すぎて魚も住まないようなクリシュナムルティの哲学よりは、間違いも多かったけれど、神智学協会の運営やインド独立運動に懸命に取り組んだ情熱家ベサントのほうに惹かれてしまう。


映画について付け加えると、ハリソン・フォード、わたしはかなり好き。アクション・シーンではいくらか体が重たげだったが、頑張っていた。

 

マダムNの覚書、2008年7月13日 (日) 20:38

*1:Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull 監督: スティーヴン・スピルバーグ,原作: ジョージ・ルーカスフィリップ・カウフマン,ジェフ・ナサンソン,脚本: デヴィッド・コープ,音楽: ジョン・ウィリアムズ,撮影: ヤヌス・カミンスキー,制作: フランク・マーシャルパラマウント・ピクチャーズ,制作総指揮: ジョージ・ルーカスキャスリーン・ケネディ,製作会社: ルーカスフィルム,配給: パラマウント映画,公開: アメリカ 2008年5月,日本 2008年6月,上映時間: 123分, 製作国: アメリカ